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「昔々あるところに、この村に、とてもかわいらしい女の子がいました。ええ、私はエメリアが一番かわいらしいと思いますけれどね、でもねエメリア。物語の常套句というものよ、これは。本気にしてちょっといじけないの、かわいらしけれどもね。おばあちゃんは、エメリアが一番かわいらしい女の子だと思ってるわよ?とにかく、話を続けるわよ…」
―昔々、今よりも、はるかに昔、あるところに、この村一番にかわいらしい女の子がいました。
その女の子は常に、赤い頭巾を被っていることから、村の人たちには”赤ずきん”という愛称で呼ばれていました。
”赤ずきん”はいつも、森の中に住んでいる病気のおばあさんのためにお見舞いに行っているので、村の人たちはなんて心の優しい女の子だろうと、いつも思っていたのでした。
”赤ずきん”がいつも通り、森へ…そう、今は”悪魔の森”とよばれている、かつては”黄昏の森”と呼ばれていた森に、お見舞いへ行く途中に、迷子になってしまいました。
そう、”黄昏の森”と呼ばれるぐらいだし、常に薄暗くって、迷いやすくて、すぐに道を見失うような場所だったのよ、昔から。どんなに慣れている人でも、たまに迷子になるような、不思議な森だったの。でも、曰くはまだついていなかったから、村人も普通に入っていたけれどもね。―まだ、この時は。
”赤ずきん”は困り果ててしまいました。さて、どうしたものか、と困り果てているとき、切り株の向こうから声が聞こえました。
『あの、もし。』
『え…?』
『そこのお嬢さんの事ですよ。』
『え、私…?』
不思議に思って、切り株の後ろをのぞこうとすると、鋭い声で、その切り株の向こうにいるであろう物から制止されました。
『おやめなさい、お嬢さん。恐ろしいものを見たくないでしょう?』
『…。』
『もしかして、お嬢さん、迷子になってしまわれたのではないでしょうか?よければ、目的地までご案内しますよ。いや、でも、もう暗いし、森の外に出たほうがいいのかな…』
柔らかい物腰で、”赤ずきん”のことを心配してくれる”それ”に”赤ずきん”の警戒心も薄れ、ちょうど困っていたところだ、せっかくだし、この人のご厚意に甘えようと”赤ずきん”は決めました。
『あの、声をかけてくださってありがとうございます。その、実はおばあちゃんのところへお見舞いに行く予定だったのです。この森の中央にある家なんですが…。』
『ああ。君は、そこのおばあさんのお孫さんかな?わかりました、そこまでご案内しましょう。でもいいですか、案内はしますけれど、決して声のするほうへ顔を向けてはいけませんよ。』
そうして赤ずきんは、無事、おばあちゃんの家へとたどり着きました。
『ありがとうございます、えっと…。』
『そうだね、狼とでも呼べばいい。僕は、おばあさんにも村の人たちにもそう呼ばれているからね』
『ありがとうございます、狼さん。ああそうだ、お礼はどうすれば…。』
しばしの沈黙があった後、狼は言いました。
『…そうだね。君のことをなんて呼べばいいかな?』
『”赤ずきん”とでも』
『では、”赤ずきん”。君が、僕の姿さえ見なければ、それが僕へのお礼だ。僕は自分自身の見た目というものが大嫌いでね。誰の目にもさらしたくないんだ。だから、今日は僕を見なくてありがとう。』
『でも、そんなことだけじゃ悪いわ。お礼に、そうね…』
”赤ずきん”は、自分自身の赤ずきんの飾りのリボンをちょうど目の前にあった切り株においていいました。
『狼さん。お礼に、このリボンをあげるわ。また今度、お話ししましょう』
『…ありがとう、”赤ずきん”』
そうして、”赤ずきん”はおばあちゃんの家の中へと入っていきました。
この日を境に、狼と”赤ずきん”はよく合い(といっても狼は姿を見せてくれないのですが)話しました。狼の話は面白く、いつも”赤ずきん”は狼の話を聞いて、笑っていました。
そんな、ある日のことです。
それは、偶然の事でした。”赤ずきん”はたまたま狼の姿を見てしまったのです。
きっと、狼の体の成長がはやくて、自分自身の体についてよく理解していなかったのでしょう。
『あなた…それ…』
『ああ、”赤ずきん”。僕の姿を見てしまったね…。』
赤ずきんは驚きました。狼は、狼は、なんと人狼だったのです。
でも不思議と恐怖は感じませんでした。逆に…
『…あなた、全然醜くないじゃない。綺麗よ…。』
『…綺麗…?』
『ええ。とっても』
その瞬間、狼は恋に落ちました。そして、狼は”赤ずきん”に姿をさらすということにためらいを感じなくなり、”赤ずきん”一人の時はよく姿を見せて話をしていました。
それが間違いだったのです。
それは突然に起こりました。狼の、人狼としての本能が、”赤ずきん”を獲物として捉え始めたのです。
狼は驚き、その衝動を抑えるうちに、だんだんと自分の理性というものが狂いだしていることに気が付きました。そうして、狼は”赤ずきん”のために、もう二度と会わないと決めて、”赤ずきん”に何も言わずに、森の奥に引っ込みました。
日に日に増していくのどの渇き。
それにつれて、狼の理性も、どんどん奪っていくのでした。
そして、幾日、幾月、幾年たったでしょうか。狼は、理性をなくしてある日、村人を襲いました。その村人が…
”赤ずきん”だったのです。
もう、肌の艶もなく、老いてしまって、赤い頭巾もかぶっていませんが、誰が忘れるでしょう。恋し、焦がれたあの彼女の顔を。
とどめと言わんばかりに起きてしまったそれを認めたくなくて、狼は狂いました。
それからというものの、狼は森の中に入ったものを食べて食べて食べました。
特に、赤いものを身に着けているものを襲いました。
そのうち、村人は、その狼を討伐することを決めました。
その討伐隊の隊長が、”赤ずきん”の孫…でした。
彼女は、大きな斧をもって、狼に会いました。…憎しみをもって。
『狼さん。狼さん。出てきて。大丈夫よ、怖がらないで。私よ。私は、死んでなんかいないわ。』
”赤ずきん”とまったく同じ声音に、狼は呼ばれて出てきました。
そして、自らが”赤ずきん”を殺していない安堵からか、油断をしました。
『ああ、”赤ず…』
『やっと出てきたわね。死ね!』
彼女は”赤ずきん”とまったく同じ声色で、狼を殺しました。
狼は、”赤ずきん”だと自らを騙った孫を呪い、はめた村人たちを恨みました。
そうして、狼は殺されてもなお、”黄昏の森”にて幻影を生み出し続け、”赤ずきん”の孫たちは、その呪いから、狼を討伐し続けるという使命ができました。
その”黄昏の森”にて、たくさんの命が失われたため、悪魔たちが呼び寄せられて、命を奪う”悪魔の森”に変貌したのでした。
―おしまい。
「あまりにも狼がかわいそうだ?そうね、かわいそうね。でも、現実というのは残酷なのよ。このお話、物語の体を取っているけれどもね、実話なのよ。”赤ずきん”の孫たちも本当にいるわ。私たち家族は、その哀れなる孫たちを、援助するという家系なのよ。…ふふ。そんなきょとんとした顔をしなくても。おばあちゃんのジョークよ、ジョーク。真に受けちゃダメな奴よ。ふふ…。ああ、でもね。エメリア。絶対に、森の中に入ってはだめよ。二度と出れなくなってしまうから…。」
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