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wolf

 何分経っただろうか。いつまでたっても衝撃がやってこないので、エメリアは恐る恐るといった風に目を開けた。

 目の前には、漆黒。それしか、エメリアの目に映らなかった。

 状況を把握しようと、エメリアはそっと自らの体を起こして、見るとそこには…

 

 赤い頭巾を被った少女が、そこに佇んでいた。

 

 身長だけ見ると、僕よりも年齢が下かもしれないとエメリアは思った。僕は今16歳だから、彼女は若しかしたら14か13か…そのぐらいではないか、と。

 でも、彼女自身の雰囲気が、そして見た目がそれを否定していた。いつの間にか出ていた月が、その彼女を映し出していく。目を引く、意志の強そうな、引き込まれるような紅の瞳。それを引き立てるかのような、肩にかかるまでないさらりとした美しい濡羽色の髪。

 

 しばらくエメリアは、縫い止められたかのように彼女から視線をそらすことができなかった。

 そして、同時にエメリアは思った。もしかして、森からした声って彼女の…?

 

「あ…」

 

 そして、エメリアは考え事をしている途中で気づいた。上品な猫のような、華奢なその彼女の身にそぐわないものを彼女は担いでいるということを。それに、鮮血が付いているのを。

 

 そして、彼女の足元に、”あれ”と思われるモノだったものが、横たわっているということを。

 

 それに気が付いた瞬間、エメリアは後ずさった。人間というものは、理解しがたいものに直面したとき、それに恐怖を感じるようにできている。それは本能に近い。だから、エメリアも、本能に従って後ずさった…つもりだった。

 

「おはよう」

 

 いつの間にかその彼女は、後ずさって距離を取ったはずのエメリアの、真後ろにいた。

 しかも、彼女はまだ夜のはずなのに、月の出ている夜なのに、おはようと言ったことで余計エメリアを混乱させた。

 

 …え、おはよう…?夜なのに、おはよう!?いや、業界の人のようにいつでもおはようっていう人なのかもしれないし、いやでも…。おはよう…?

 

 その彼女は、エメリアが反応を示さなかったことが、聞こえなかったためと勘違いしたのか、先ほどよりも少し大きな声で、言った。

 

「おはよう、”アリス”」

 

「え、アリス?」

 

「うん、”アリス”。寝ぼけるのもいい加減にしないと。もう起きる時間だ」

 

 エメリアはさらに混乱した。アリス?えっと、誰だそれ?

 エメリアは状況を判断するべく周りを見回す。ここにあるのは、森、漆黒の闇、それに相反する、白く輝く月。目の前にいる彼女と、自分と、”あれ”だったモノ。

 

 えっと、つまりは…。

 

「それって、僕のことかn」

 

「駄目だよ”アリス”。”アリス”は、”私”だ。」

 

 エメリアの発言を遮った上に、アリスというものは自分のことだといきなり主張するように言い出した彼女にエメリアはさらなる混乱をした。

 

 彼女は、エメリアがいまいち理解してないと気が付いたようで、言葉を付け足した。

 

「僕なんて言っちゃだめだよ”アリス”。”アリス”はいつも”私”っていうんだよ。」

 

「え、と…」

 

 ようやく働いてきた頭でエメリアは考え出した。えっと、つまり?アリスっていう子は、僕って言わないで私っていうから、僕は私っていう主語を使わないとダメってこと?でも、僕、アリスっていう名前じゃないしもしかして、僕をアリスっていう女の子と勘違いしているのではないだろうか?

 今日、アリスっていう女の子と、彼女とで間違って”悪魔の森”に入ってしまって、それでアリスとはぐれてしまって、で、見た目がたまたま僕と似ていて、今暗くてよく見えないから、勘違いしてるのでは?

 そうと決まったら、さっさと誤解を解かないと!とエメリアは右手をぐっと握って、彼女に話しかけた。

 

「あのう、助けて?いただいたところ悪いのですが…」

 

「なんだい、”アリス”」

 

 ほらやっぱり!

 

「あの、僕」

 

「”私”」

 

「ぼk」

 

「”私”」

 

 不毛な言い争いになりそうなのでエメリアは折れた。こんなところで言い争いをしている暇はないのだ…!だってもしかしたら、アリスって名前の女の子がピンチにあってるかもしれないのだから!

 

「…私は、」

 

「うん」

 

「エメリアっていう名前で、アリスって言う名前じゃ…」

 

「いや、貴女が”アリス”だ。」

 

「へ」

 

 エメリアの予想の斜め上を行く返答に、エメリアは硬直した。

 

 硬直したエメリアに気が付かずに、彼女はエメリアの右手をそっと握っていう。

 

「その美しい、まるで太陽に光輝く麦の穂のような長い髪、穢れをしらない泉のような澄んだ青の瞳…」

 

 いきなり男が女を口説くような言い回しを言い出した彼女に我に返ったエメリアは、思ったことをそのまま口に出した。

 

「いや、それって結構多くの人が当てはまるんじゃ…。」

 

「それに」

 

 エメリアの突っ込みをそのままスルーして、エメリアの胸元のペンダントを彼女はそっと、慈しむかのように撫で、いう。

 

「この、ペンダント。」

 

 この、ペンダントは、たしかおばあちゃんから誕生日からもらった、ちょっと留め具が壊れているものだ。2年前にもらったものなのだけれど、油を挿したり、直してもらったりしても、一度も開けることの叶わないような、壊れているこのペンダントに、そんな重要なことがあるのか…?

 

 

 

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