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prologue
「あれ…おかしいな。確かに、ここら辺から女の子の声が聞こえてきたと思ったのだけれども…。」
エメリアは、森の小道やけもの道を利用して、先ほど、エメリアには聞こえていた、女の子の声が聞こえてきた少し開けた場所へ行ってみると、そこには何もなかった。否、何もないというのは誤った表現で、周りにただうっそうと茂っている森と切り株以外、そこには、その女の子がいたという証明が一つも残されていなかった。
想定していた最悪の事態に陥ったのかと、そこへ行ったとき顔から血の気を失ってしまったが、しかし、そういう最悪の事態の場合、それなりの跡は残っているものだが、どこにも無い。
―それは、逆に不気味で、恐ろしかった。
「え、…なんで、いないの…?ぼ、僕の空耳とか?はは、ははは、ならいいのかな…。帰ろう。」
エメリアは、ふと空を見上げる。すると、先ほどまではあんなに澄んでいて美しく広がっていた空が、黒に押しつぶされてきているということが視認できた。
「え!?そんなに時間、経ってたの!?うそ、もう帰らないと、”悪魔の森”に捕まっちゃう!」
エメリアは、慌てて元の道に戻ろうとした。…が、道という道が、なくなっていた。
「え…」
つまりは、ここに来る際利用した、森の小道をあるいは獣道という類のものが、一切、もともと存在がなかったかのように、なくなっていたのである。
「な、なんで!?」
まるで、獲物を逃がさない、袋に追い詰めたかのように、一切の跡も、ない。
―そこでエメリアは、悟った。ああ、僕がここに入り込んだ時点でもう、”悪魔の森”に捕まっていたのだ、と。
そして、エメリアは、切り株に座ろうとして…酷い違和感を覚える。
ここは、”悪魔の森”。村人すべてが恐れ、僕のおばあちゃん以外、近くに住もうという気骨のある者など一人もいない。それにおばあちゃんだって、めったにこの森の中に入らない。入ったとして、入り口程度。
…なのに、ここになぜ、切り株が、あるの?
その答えに気づいた瞬間、エメリアは、走った。
そして、同時にエメリアは思い出してしまった。
ああ、あの伝承。あの、狂ってしまったオトギバナシ。
大きな狼が、”赤ずきん”への恋に、狂ってしまったお話。
すべてを切り捨てて、切り裂いても尚、”赤ずきん”を求めた物の事を。
”赤ずきん”を求めて、最終的に人を無差別に食らう凶器と成り果てる様を。
あれは、本当に、本当にあったのだと。
おばあちゃんが言っていた、あのオトギバナシは、本物なのだと。
すると、エメリアが走った後ろから、枯葉を踏むパキパキという音と、息遣いの荒い音が、エメリアを追いかけてきた。
…そうして数時間後。冒頭に戻るのである。
アベルさんの言った通り、日陰しかない”悪魔の森”の足場はぬかるんでおり、エメリアはうまく前に走れないでいた。それに、視界が悪く、歩くたび小さな小石や切り株、木の根に足を取られそうになっているエメリアの、その体力はどんどん奪われていった。
むこうの”あれ”は、そんな些細なものなどに体力を奪われるはずもなく、次第に、エメリアと”あれ”の間にあった距離もどんどん縮まっていく。
「あっ!」
ついにエメリアの足に木の根が引っ掛かり、エメリアは無様にも転んでしまった。
もう、起き上がる気力のないぐらい、精神的にも体力的にもエメリアは、疲れ切ってしまっていた。
終わりを覚悟して、エメリアは、目をつぶる。
怪我をしたところが熱を帯び、ジンジンと熱い。
体もガタガタと震え、脂汗が止まらない。
その震えを止めるかの如く、自分自身をエメリアはぎゅっと抱きしめた。
そうして、その恐怖を忘れるべく、ある悲しいオトギバナシを、脳裏に思い出した。
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