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wolf
「えっと、まあ、アリスのことは、もう、わからないからあきらめるとして…。さっき、ダイナが、私たちが普段いるところを表舞台と称したけれど、じゃあ、裏舞台もあるってこと?」
「That’s Right!」
やけに、ノリノリで、とても発音よく、しかし無表情で僕の言葉に返答したダイナは、僕が突っ込む隙も与えず、説明へと突っ走った。
「まあ、裏舞台って言っても、表舞台にいる人間には知らされていないけどね。
理由は簡単だよ、アリス。この世界が、裏も、表もある作り物の世界だということに登場人物たちが気が付いてしまったら、ぎこちない話になってしまうだろう?通常通りの動きをしなくなってしまうかもしれないというか実際、そうだ。前例がある。
だからこそ、表舞台の人間は基本、裏舞台に入ることができないし、存在すら知らされてないんだよ、アリス。」
…。あれ。僕、聞き間違え出なければ、ダイナが先刻、『さっきまでいたところが“表舞台”』と言っていた気がしなくもないのだけれど。つまりは、僕らが今いるところは“裏舞台”ということで。
矛盾が生じているのではないでしょうか…。いや、もしかして、“裏舞台”に入れたのって、“裏舞台”があるっていうことを知ってしまった僕をここから出さないため?いや、もしかしたら僕は、消されてしまうかもしれない…?
脳内で大混乱を起こしている僕に気が付いたのか、それとももともと説明する予定だったのか、ダイナは口を開いて説明しだした。
「でもね、アリス。アリスは“裏舞台”に入ることが許されている。それが、アリスの特権の一つだしね。」
「えっと…。ダイナは?」
無表情のまま、ダイナは一瞬黙った。思い出しているのか、それとも、ごまかす口実を考えているのか、それとも、いえる権限内でどれだけのことを伝えられるか考えているのか、私にはわからない。いずれにせよ、今この場にいるのはダイナだけなので、僕はダイナを頼るしかないし、そのダイナの言葉を否定する人間など、この場にはいないのだ。
「私は、まあ、私の権限によって許されているから、大丈夫」
「そう、なんだ」
「とにかくアリス。君の物語はこのままでは消滅してしまう。だから、さっさと狂った物語を直そう。」
まるで、まず手始めに世界を救おう、という某小説みたいなことを言い出したダイナは、しかしそれでも無表情だった。
なんだかダイナの無表情に最近慣れつつあるが、しかし、ダイナって、無表情以外の表情を浮かべないのかしら、と少し心配になった。
「えっと、その、なんというか、その。私、物語の直し方、わからないんだけれど…」
「大丈夫。今回の物語の綻びは、私がよく知っているから。安心してアリス。最初だから、私も補助につくし、手伝ってあげる。それぐらいだったら、許されるはずだから。」
「えっと、あ、はい」
「まあ、アリスなら、気が付かないうちに、物語の綻びを直している場合があるんだけれどね」
「はあ…。」
気が付かないうちに、物語の綻びを直している、なんて話は実際なってみないとわからないから、後回しにするけれども、なんでダイナが物語の綻びを気付けているのだろうか、なんて不思議に思った。
だってダイナ、結構前に物語が変革されたら気が付かないとか言っていなかっただろうか…。
その僕の神妙な顔を見て察したのか、ちょっと優しげな口調で―しかし、無表情のまま―「ああ、アリス。安心して。私がなぜ、アリスたちの物語を知っているかというと、私は傍観者、だからね」といった。
「えっと、傍観者?」
「それが、私の役目さ。」
そう言い放ったダイナは、相も変わらず無表情だったけれども、なんだか、非常にさみしそうだった。それとも、月の光がなせる、目の錯覚か。
…ん?月の、光?
「だ、ダイナ!」
「なんだい、アリス」
「ものすごく今更なんだけれども!」
「うん」
「ちょっと聞いてくれない?」
「聞いているから、アリス、落ち着いて」
「落ち着いていられるわけがない!だって、さっきまで、日が出てたのに、もう、月が!」
「ああ」
「ああ!?」
さも興味なさそうに、ダイナは返答したので、僕はさすがにいらっときた。
なんだろう、あまりにも冷静というか無表情というか、なんというか、かわらなすぎて、さすがに苛立ってくる。いや、別にダイナが悪いというわけじゃなくて、その、何も知らない僕に対して。
「そんないらいらしないで、アリス。大丈夫。裏舞台というものは常に夜だからね」
「え」
「だから、安心していいよ、日が昇ることなんて、永遠にない」
「…」
―永遠に日が昇ることなんてないんだよ。僕たちにはね、―さん。
不意に、脳裏に誰だかわからない男の声がした。
いや、突然、テレパシーが使えるようになったとか、そういう厨二…じゃない、超能力的な話ではなくて、ただ単に、脳裏にその言葉が浮かんだということなのだが。
でも、僕は、この男のことなど知らないし、こんな言葉を聞いた覚えもないのである。
…忘れている、という可能性もあるが。まあ、気にしないことを決めて、ダイナに改めて向き直った。
「そう。これがここの普通なのね」
「そうだよ、アリス。じゃあ、さっさと裏舞台から物語を直していこう」
「うん」
エメリアは、これが終わったらダイナにいろいろ聞くのだ、という決意を胸に、ダイナの後へと続いた。
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