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wolf

「つまり、ダイナは、僕に」

 

「私に」

 

 こんな、重要な時にだって、僕呼びにすると私と言えというあたり、かなり強い信念だと思うので、しかなく折れる。だって、こんなことで先ほどみたいに長引くのはばかばかしい。

 

「…私に、物語を直してほしいって言いたいわけだね」

 

「そういうことだよ、アリス」

 

「そして、一つ聞いていい?」

 

「何なりと」

 

 変わらない表情のダイナは、淡々と、一定のテンポで言ってのける。それを今更気にする必要もないので、とりあえず、今思った疑問をそのまま口に出した。

 

「つまりは、アリスって、そういうこと?」

 

「…」

 

「ダイナ?」

 

「そういうこと、とは」

 

「ええっと、そうね、物語を修正するってことだけど」

 

 察しの悪いダイナに少しイラつきながらも答えると、ダイナはすぐに答えた。

 

「そういうこと、ともとれるし、違うことともとれる。確かに、物語の修正というものはアリスの役目かもしれない。でも、この役目、アリス以外でもできるんだよ、アリス。さらに、そういうことのみというわけではないから、否ともとれるし肯定ともとれるよ、アリス」

 

 長ったらしい文章を、ただ淡々と、まるで国語の教科書を読むように言い切ったダイナは、なんだかごまかしているように聞こえた。それに、なんだかダイナの話を聞いていると、アリスじゃなくても物語を直すことができるみたいだった。では、アリスとは、いったいなんなんだろうか。

 

 僕という人間は一度抱いた人間を心の中にとどめておくことのできない、なぜなぜ坊やみたいな節がある。だから今回も、おなじように、ダイナに訪ねたのだった。

 

「ねえ、ダイナ。じゃあ、つまり、アリスっていったい何…?」

 

「アリスは、アリスだよ、アリス。アリス以上でも、アリス以下でもない。何物もアリスに干渉することはできないし、許されない。アリスを改変することも、許されない。許されているのはアリスの邪魔をすること、アリスにいたずらをすること。それ以外は、基本、許されないんだよ、アリス。たとえ、道標であっても、物語のヒントであっても、与えたものにはバツが下る。そういうものは、唯一許されたものにしか、与えることのできない。そいう言う存在で、そういうものだ、アリスというものは。」

 

 さて、ダイナは今さっきのセリフでアリスを何回言ったでしょう?…ではなく。というか、全然意味が分からない。

 

「…簡潔に」

 

「つまり、許された事項以外の不必要な接触をすることができない存在っていうことさ」

 

 どんな物語のお姫様だ。

 

 ダイナのセリフを聞いた途端、そう思ってしまった。

 

だってそうだろう。幽閉されている、物語のお姫様…たとえば、ラプンツェルとか、アラジンのお姫様とか。

 

あれはたいてい、接触する人物だって許されたり、権力のあるものではないとだめじゃないか。なんという不運。さらに、不運は僕という人間は平々凡々で、庶民で何のとりえもないというところだろうか。

 

…あ、お母さんのおかげで、突込み力というものが備わったが、いや、そういうことではなくて。

 

もしかしたら、僕、幽閉とかされてしまう感じでは…?

 

 と一人、頭の中で大混乱を起こしていると、それを見越したのか、ダイナは

 

「アリス。悩まなくていい。そのうち、わかってくるし、それに、君が今考えているようなことではないから、安心して」

 

 と、とても安心できないセリフを、安心できないような顔―つまり無表情―で、言い切った。

 

 …これは、先行きが不安だ。

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