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wolf

「まあ、いうよりも、見たほうが早いかもね。」
 
 と、いきなり意味の分からない感じでダイナが何かを始めようとしていた。
 
 その前に、ちゃんと聞かなくちゃ、疑問に思ってたことを!と、エメリアは慌てて口を挟む。
 
「ちょっと、待ってって!私、なんでいつの間にか森の外に出られたかという説明や、どうしてあなたがここに出られてかっていうもろくにされていないのに、そのうえ新しい情報を教えられても全然わからないよ!」
 
 ああ、納得、といった風に、彼女はポン、と手を打った。-しかし、また彼女の表情は全然変わっていない―
 
「それは後でいいかい、アリス?さすがに今は、この私でさえ焦る状況なのだから。ところでアリス、起き上がれる?」
 
「まあ…」
 
 エメリアは、不承不承といった感じで、顔をしかめてうなずいた。
 
相も変わらず彼女は焦る、といったしぐさ、表情を全くされていないのだから、不承不承といった感じにも納得は行くだろう。
 
「でも、なんで―」
 
「なら、ドアを開けて御覧。私は開けることはかなわないから、見せたくても見せることができないんだ」
 
「ええっと…わかった」
 
 彼女が意味不明なことを言うのは当たり前だ、ということを念頭に置けば、気が楽になった。
 
それがたとえ、意味のあることだとしても。
 
「あ、そうそう。開けたらすぐ、閉めたほうがいいよ。」
 
「?うん。」
 
 そうして、僕は、ドアを開けた。
 
「――っ!」
 
 ドアの向こうには、いつものあの、街へと向かう小道と、森へ向かう小道があるはずだったのに、何もなかった。
 
あったのは、暗黒。
 
 
 
そして―たくさんの虫。
 
 見た風景を信じたくなくて、開けてしばらく、呆けてしまったエメリアは、ダイナの警告なんぞ、すっかり頭から抜け出ていた。
 
 ただの黒い影だったたくさんの虫の一匹が、ゆっくり近づいてきて、姿を現し始めた。
 
 小さいだけだ、と思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。ゆっくり近づいてくるにつれて、虫の姿が判別できるようになってくる。
 
あの小路から家の距離は大体一キロぐらい。
 
それなのに視認できるぐらいの大きさの虫って…何…。
 
 さらに、先ほど母が町の呪術師の家に行くための小路でさえ、虫に埋まっている、という現実に気が付いた。
 
 
…気づいてしまった。
 
「あ、あ…」
 
 そうしてエメリアは、足から力が入らなくなってしまった。
 
では、つまりは、どう考えても母親は。
 
 だんだん虫が近づいてきてゆっくりと姿を現していく。
 
何とも奇怪な作りをした、見たこともない虫だった。
 
 とたん、その虫と目が合う。そいつがこっちに向かって勢いよく走りだして―
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